例の問題についての考えと、無関係の作家が意見を表明することへの葛藤(今もまだ悩んでいること)
- 3 日前
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更新日:2 日前
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ここまで文章を読みに来てくださった方、ありがとうございます。
最近SNS上でも大変大きな問題になっている「堕天作戦」作者の未成年への加害問題と、小学館の編集者及び編集部が加害者側に加担した件についての文章です。
私は該当人物や出版社に仕事、プライベート両面で一切関わりのない身ではありますが、同じ漫画という業界に身を置くものとしてやはりいろいろと考えることがあり、現在の自分の意見と立場を書かせていただくことにしました。
とはいえ、直接的には関わりのない他者がまるで「話題になっている事案にとりあえず乗っかる」かのように意見を表明することについては私自身、今も葛藤している部分があり(このことについて詳しくは後述します)まずは拡散されやすい性質のSNSアカウントに直接文章を綴るのではなく、このような小規模な場所に文章を載せることにいたしました。
【この件に関する私個人の考え、立場】
この事件の詳細、そして漫画家として活動していた加害者にその担当編集者と所属出版社が加担したことについて初めて知った時、あまりになにもかもが酷い事案すぎて嘘であってほしい、このようなことが起こる世界であって欲しくないと強く思いました。
まず第一に、加害者が未成年の被害者に対し行った数々の所業は人間の尊厳を剥奪する行為で、到底許されるものではないと思います。そしてその後に加害者(漫画家)の担当編集者が間に入って行ったとされる、被害者の口封じとも取れるような行為、そして加害者の犯罪を世間に公表しないままに名義を変えて新たな作品を連載させるという編集部と出版社の判断もありえないことだと思います。
今明らかになっている情報や確定している情報だけを見ても、社会的組織として全ての行動が間違っているとしか思えません。
加害者の周囲の人間や加害者の所属する組織が、毅然とした対応をしてくれるどころか加害者を匿い、犯罪を隠し、これまで同様に社会で活躍させるために立ち回ったという事実が被害者の方とご家族に一体どれほどの絶望をもたらしたのか想像することすらできません。
被害者の方が受けた被害を何よりも深刻に受け止める必要があるのはもちろんのこと、この一連の問題は事件の被害者のみならず、出版社の関係者や作家、そして作品を読んでいた読者の方などあまりにも広範囲の人に現在進行形で多大な損失をもたらし続けており、そういった面でも重大な事案だと考えます。
加害者と、加害者に加担したすべての人が今回の件に対しこれ以上の保身に走ることなく然るべき対応を行うことを望みます。
そして被害者の方とそのご家族、原作者が犯罪者であることを隠されたまま作画担当として仕事をしてきた漫画家の方や、事件に無関係ながら該当出版社に所属していることで損失を被った作家の方々、作者が犯罪者であることを知らされず、選択する機会すら与えられないまま作品を読んだり購入することになった多くの読者の方など、この事件に関連して損失を被った全ての人に適切な謝罪と補填がなされることを強く望みます。
【無関係の作家(私)が意見を表明することへの葛藤】
この事案が明るみになってから、多くの作家さんがSNS上でこの件を強く批判したり、被害者の方の心情を慮り寄り添うポストをしているのを見ました。
また、マンガワンや小学館に現在進行形で仕事上の関わりがある(アプリに漫画を掲載していたり、連載中または連載準備中であったりの)作家さんたちが、出版社と編集部を自分自身の言葉で批判したり、作品の取り下げや連載の中止を表明している様子もたくさん見かけました。
仕事上ですでに関わりのある取引先を批判するということは、まずそれだけで非常に勇気のいる行為だと思いますし、実際に将来的な自身の不利益につながる可能性もあるでしょう。また、掲載作品を取り下げたり連載の終了をお願いするということも、作家にとっては経済的、時間的に著しい損失になるのは間違いありません。
それにもかかわらず多くの方が、自身の保身や利益を度外視して今回のあってはならない不正義に対して声を上げていることについて、私はその姿勢を全面的に支持したいと思います。
私自身も数多くの同業の方がSNS上で意見を発信しているこの流れを見ていて、いち作家として立場を明確にした方がいいだろうか、私も漫画家の端くれのような存在とはいえ、一応は同じ業界にいるものとして公開のアカウントで意見を表明した方がいいだろうかと考えることが何度もありました。
しかし今のSNSを中心とした流れを見ていると、「すでに著名人含む多くの人が批判している」という、後から流れに乗るものにとってはある意味「安牌」とも言える状況、そして本件について世間的にも強い注目が集まっている中、毅然とした強い言葉で意見を述べた作家が称賛される流れ(このこと自体は全く間違ったことではないと思います)がある状況のように思います。
このような状況下で、該当の人物や出版社とは関わりのない私という個人が、多くの人の目に留まり拡散される可能性が高い場で直接作家として意見を表明するということは、「将来的に不利益を被る可能性がありながらも取引先を直接批判する・自身の作品を取り下げる」といったリスクは一切負うことなく、ただ私自身への注目を集め「不正義に毅然とNOを突きつけられる作家」として印象づけるという「メリット」だけを取る行為になってしまうのではないか…
現在も苦しみ続けている現実の被害者がいる事件を、たとえその意図がなかったとしても結果的に自身への注目集めや作家としてのイメージ向上のため利用していることになってしまわないだろうか、という抵抗感がどうしても拭えませんでした。
これは今回の件に限らずこれまでも、たとえば著名人が亡くなった時や、多くの人の注目が集まる事件などがあったときによく考えていたことです。
多くの人が一斉に話題にしている様子を目にするとつい自分も何か言いたい気持ちになることはありますが、SNSのインプレッションが直接作家としての知名度や利益につながる可能性がある場所で安易にその流れに乗るということは、亡くなった人や事件の渦中で傷ついた人の存在を自分の利益のため利用していることになるのでは…という気持ちになってしまうことがよくありました。
そのため、被害者や悲しんでいる人が存在している案件については、たとえSNS上で非常に話題になっていても、関係者との直接のつながりやよほどの思い入れなどがない限りできるだけ触れない姿勢をとってきました。
しかし一方で、今回のようなケースではたとえ関係者ではなくても社会全体の多くの人が「これはおかしい、こんなことはあってはならない」と強く批判する流れを作っていくことでより状況を動かすことができたり、今後似たようなことが起こらないよう抑止する力になるのかもしれない、という考えも同時に頭によぎりました。
自分なりに非常に葛藤した結果、ひとまずこのような場所に自分の意見と気持ちをまとめてみることにしました。
私は普段X等に書ききれない長い文章の置き場所としてpixivFANBOXを利用していますが、FANBOXは支援サイトとしての側面が強いため、登録せずに読むことができる全体公開設定で文章を公開したとしてもこのような文章を掲載する場としてはふさわしくないと考えました。
ですので、今回は普段ほとんど更新していない個人ホームページのブログ欄を使うことにしました(閲覧による収益化設定などをしておらず投げ銭システム等もないため、私が今すぐに扱える媒体の中では一番収益につながらない場だと判断したためです)。
……と、あれこれと述べましたが、結局はこうして「小規模な場所を選んで文章を公開する」という選択をとっているため、一番中途半端な対応になってしまっている気もして自分で自分にモヤモヤします。
私が今回とった暫定的な対応が正しいとも全く思えていません。いまだに何が正解なのかわからず、ずっと考え続けています。
今、問題に対する批判の声を上げている多くの作家さん(該当の編集部や出版社と直接的に関係している漫画家さん、していない作家さんどちらも)の行動は全面的に支持しています。
ここで述べた考えはあくまで「公の場での私個人の振る舞いについて」の葛藤でした。
先ほども述べたように、私はこういった業界全体を揺るがすほどの重大な事案が起こった際、直接的には関係のない他者が意見を表明することについてどのようにするのが正解なのかまだわかっていません(明確な正解というものはないのかもしれませんが…)。
読者の方や同業者の方など、多くの方の意見をもっと聞いてみたい気持ちがあります。
自分の中での結論すらまだ出ていないまま、個人的な心情も含めダラダラと綴る長いだけの文章になってしまいました。申し訳ありません。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
2026/03/01 山北東
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